第1回 狛犬のはなし

今回、リニューアルするにあたり、寺ある記をやめて「山主閑話」とすることにしました。出不精が原因で寺院めぐりができなかったからです。とは言っても筆不精の愚僧のこと、山主閑話も長続きしないかもしれません。気負わず、成行きのまま拙い文を著していきたいと思います。よろしかったらしばらくの間、おつきあいください。

さて、最初の話題はお寺と狛犬です。 狛犬というと、神社の参道に並んでいる姿を思い浮かべると思いますが、実は日本に狛犬が伝えられたのは、どうも仏教と一緒だったようなのです。それがやがて宮中の御座の間に取り入れられ、やがて神社の建物にも置かれるようになり、今では神社といえば必ず狛犬があるくらいです。

ところで、狛犬は正しくは向かって右側を獅子、左側を狛犬(高麗犬)と言い、獅子は開口して頭に角がなく、狛犬は閉口して頭に角を有しています。一般的には両者を合わせて狛犬と呼び、最近では参道に置かれた狛犬を研究する団体まであるほど、狛犬を愛する人々が増えています。

では、狛犬があるのは神社ばかりかというとそうでもありません。有名なものでは東大寺南大門の裏側に宋風の石造狛犬が置かれていますし、鶴見の総持寺にも本堂内に置かれています。また、日本三文殊のひとつである山形県亀岡文殊(大聖寺)にも本堂内に置かれています。

このような対で置かれた狛犬と異なり、文殊菩薩の台座になっているのも獅子です。当山のご本尊である文殊菩薩は独尊で、台座の獅子は座像で顔を上に向けています。文殊菩薩は智の仏様として知られていますが、獅子の上に乗っているのですぐに見分けがつきます。

なお、当山でも狛犬を本堂内に祀っています。引き締まった肢体からは、仏を護る緊張感が漂っています。

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